お歴々NO.1
「ヨーゼフ」
 「ヨーゼフ」登場…とまどいの我が家

「ヨーゼフ」が我が家にきたのは、1988.11.9。
出雲空港から、ペットショップのオーナーが車でつれて来てくれたけど、
その第一声は「さわらないで!」。
……
我が家の面々は、みなボーゼン…。
環境が変わった直後は、犬に、ものすごいストレスがかかるとか…。
んで、わたしたちは、その日はヨーゼフにさわることなく、
戸惑いとともに「ながめて」いたの。

しかも…「かわいい」というよりも、どこかの組員のような目付きに
またまた、「シーン」っとなる家族だった…。




   登場から4ヶ月…いったいこの大きさは?              

このとき生後6ヶ月…。成長のはやさに、やっぱりボーゼン…。
座椅子に座って、カメラ目線。ご満悦の「ヨーゼフ」。
このカンロクは、他の犬には、なかなか出せないものだと思うんだけど……。

「ヨーゼフ」という名は、もちろん「アルプスの少女ハイジ」から、いただいたもの。
はじめ、私達は、「マックス」という名を用意してたの。
だけど、「ヨーゼフ」に会った瞬間、「やっぱ、『ヨーゼフ』だよねぇ」
って家族全員一致で決まったんだよね♪
散歩の途中、道行く見ず知らずの人、それも、何十、何百の人が、
「あっ、ヨーゼフだぁ」 「わぁ、ヨーゼフだぁ」 といってくれたから、
「やっぱりヨーゼフにしてよかったなぁ」って
ずーっと、ずーっと思ってたよ。

でも、「あっっ、パトラッシュだぁ〜」って言われたのも、星の数ほどあったよねぇ。



 シンクロナイズドスイミング

    この写真。私のいちばんのお気に入りショット。
「ヨーゼフ」とその兄「利久」(りきゅう)(血縁はもちろんなし)が遊んでいるところを、
偶然2階の窓から撮ったものなの。
しっぽの角度・右うしろ足の位置・首の曲げ方などなど、みごとなシンクロでしょ。
 
さらに大きくなっていく「ヨーゼフ」を止められるものは、何もなく、
(…もちろんとめる必要もないけど)平気な顔で兄「利久」をおいこしてしまった…。
だけど…。
それは、体格だけのお話。

この後11年間もの長〜い間、ふたり(2匹?)は一緒に過ごしていくわけだけど
ずーっと、ずーっと、
利久の方が、いろんな意味で「お兄さん」だった…ような気がする。
「ヨーゼフ」は、ホント甘えん坊だったね。



   ちょっとデカすぎ?「ヨーゼフ」のお鼻。              

ちょっと失礼。大人になってからの「ヨーゼフ」のお鼻だよ。
このとき、体重約60s。全身の写真はまたあとで…。

「ヨーゼフ」は大の散歩好き。「どしん」とかまえて、あまり吠えることもなかったけど、散歩のまえは、まるで別人。
とにもかくにも…夕方になると、散歩に連れて行ってもらうまでは、
おなかにジーンとくる「地ひびき」のような声で、散歩の請求をしていたの。だから、「ヨーゼフ」がいた11年間というもの、1日も散歩を休まなかったんだ。

いまから10年以上前、大型台風がきた時は、道端の木々がなぎ倒され
ガソリンスタンドの屋根が崩れ落ち、すさまじい雨が降るなか、やっぱり「ヨーゼフ」は散歩に行ったんだ。

そんなこんなで、体重が60sもある「ヨーゼフ」との生活は、大変なことも、ひとつやふたつじゃなかったよ。
だけど……。
いろんな意味で、「ヨーゼフ」との11年間は忘れられない年月だったよ。



   悲しいお話でごめんなさい。              

きょうは、「ヨーゼフ」の2回目の命日…。やっぱり、こんなに暑い日だったと思うけど、暑さなんてまるで憶えてないの。7月の終わり、まず、後ろ足が立たなくなり、私たちが補助し、なんとか歩いて病院通い。そのうち、前足も立たなくなって、木製の「担架」を作って病院に連れて行ったっけ…。もう、老衰で病院へ行っても、栄養剤を点滴するくらいしかできなかったんだけど。…でも、そんなになっても、「ヨーゼフ」の生きようとする力はすごかった。その体を支えられなくなった足を、なんとか動かそうと一生懸命。最後まで、自分のことは自分でしようとした「ひたすらな姿」が今でもありありと浮かんでくるよ。

8/4の夕方から、すんごく苦しそうにり、まったく動けなくなった。病院へ行こうにも、日曜日でお休み。「なんとか、なんとか朝までもってくれ!」って心の底からお祈りしたよ。「ヨーゼフ」は夜中じゅう、ずっと苦しそうな声を出していた…。病院の先生にもらった注射器で、冷たい牛乳や砂糖水を、何度も、何度も口の端から飲ませて…。でも、そのとき思ったの。「もう、がんばらなくていいよ、はやく楽になって…」って。「朝になって病院に行けばもち直すんじゃないか?」という気持ちもあったけど、それよりも、目の前で苦しむ「ヨーゼフ」がかわいそうだった。でも、その考えは間違ってたよね。あんなに生きたがってた「ヨーゼフ」。「楽になって」って思うよりも、「がんばって生きて」って励まさなきゃいけなかったのに…。

朝になり、苦しみながらも、峠を越したようにみえた。私は、病院に行く時間までチョッとひと休み…。と思い、「ヨーゼフ」のそばを離れてウトウトとしてたら、「ヨーゼフがぁ〜!」という声に起こされたの。結局、そのまま天国へ行ってしまった…。

こんな悲しいお話をして、ごめんなさい。でも、「ヨーゼフ」の命日でもあるし、チョッとだけ聞いてもらいたかったの…。動物を飼おう(この言い方、ホントは嫌いなんだけど)っていうとき、「死んだときかわいそうだから…」といってやめる人がたくさんいるよね。でも、その理由では「やめて欲しくない」って心から思うよ。「ヨーゼフ」が天国へ行ったとき、それは、それは悲しかったよ。いま、こうやって書いてても、あとから、あとから涙があふれてくるぐらい…。でも、月並みだけど
、悲しい思いをした何倍も、「ヨーゼフ」の死によって得たものの方が多かった…と胸をはって言えるんだ。それに、「ヨーゼフ」と過ごした時間は、いまでもかけがえのない、大切な、大切な宝物だしね。

01.08.05記  「ヨーゼフ」の命日に寄せて