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野津団長、自らうどんを打つ 2001/6/3
| 「おまえ等には、思いやりっちゅうモンがないんかい? |
あれは、忘れもしない いつだったか。(そりゃわすれとるがね)
こんな書き出しで始まるあの本に出会うまで、私はダダのうどん好きにすぎなかった。
…が、あれよあれよというまにうどん地獄にはまり、気が付いたら香川県人になっていた。
うそ!
最初は本の内容については半信半疑で、レオマの帰りに立ち寄ったM岡で
目からうろこが落ちたそのときから、私のうどん人生は転機を迎える。
しかし、100円のうどんのために交通費2万円は痛い…どうすべ〜と考えること0.5秒。
なーんだ簡単ジャン、 中略
こうして愛すべき交通費支払い団員が誕生する。
会則の最後に(勝手に橋を渡ってはいけない。)とあるのも相互扶助敬愛精神からだよ。
しかし、いかに「どん中」(うどん中毒の略)でもそうたびたびは橋をわたれまへんがな。
こうなったら自分で打つしかない・・・若い頃世界征服を企んだことを考えたら、
うどんくらい何とかなるやろ、と手打ちに挑戦・・43歳の春のことだった。
以下は平成13年6月13日に開いたうどん会で私の耳から大脳を駆け巡り
その上小さな胸を締め付けた、ありがたい助言の数々ですわ。
『何か、太さがまちまちだね〜』
『微妙に硬いで〜』
『ひっついちょるが』
『うどんというより』
『うわっ』
『うまいと思うよ・・・』
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最後の総評で『要、修行』のお言葉まで頂いちゃって、
おまえ等には、思いやりっちゅうモンがないんかい?
とはいえ、参加してくださった団員のかた、そして会場を提供してくれた母里団員に感謝。
あれから1ヶ月血の出るような修行を積み、今ではあのM武を越えるか超えないかくらいまで
腕を上げております。
近いうちに第2回うどん会もやるで〜
最後に毎日のようにうどんを食べて(処理して)くれた家族に感謝!
…以上、野津団長のお言葉でした。
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